ファザナドゥ

ファザナドゥ

ファザナドゥ

発売日:1987/11/16|価格:5900円|メーカー:ハドソン|ジャンル:アクションRPG

NAO: ザナドゥの名を継ぐだけあって世界観の重さが別格
NATSU: 街と迷宮の往復地獄にハマってる時点で立派な中毒

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エピソード

  • トリビア

    1987年11月16日にハドソンから発売されたファザナドゥは、価格5900円のアクションRPGで、ザナドゥの名を継ぐだけあって空気の重さが最初から違う。始めた直後に分かるのは、派手な導線が用意されていないことだ。町に入ってもすぐに勇者扱いはされず、店で買える装備や道具も心許ない。外へ出れば敵は普通に強く、油断するとあっさり倒される。だから最初のつまずきは、腕前よりも順番の問題になる。どの町で何を買い、どこで情報を拾い、どの門を開けるか。分かったつもりで迷宮へ踏み込むと、扉が閉まり、段差で戻れず、気付けば町へ引き返している。世界観が重いのにプレイヤーには優しくないというNAOの短評は、物語の陰りと手触りの冷たさが同じ方向を向いていることを突いている。

    この作品が中毒になるのは、町と迷宮の往復がただの面倒ではなく、少しずつ世界を解ける手応えに変わるからだ。迷宮は横視点で、段差や足場といったアクションの難しさが前面に出る。一方で、迷宮の入り口と町の機能は強く結びついていて、回復や買い物だけでなく、情報や進行の鍵が町側に置かれていることが多い。だから迷宮に長居するほど不利になり、引き返すほど次が楽になる。その往復が自然に習慣化する。しかも戻るたびにやれることが少し増える。買える装備が変わり、使える道具が揃い、通れなかった扉の条件が分かる。行き止まりに見えた場所が、別の町で拾った一言で意味を持つ。その繰り返しで、ただの道戻りが探索の証拠になっていく。NATSUの、往復地獄にハマってる時点で立派な中毒という言葉は、苦しさの中心に気持ちよさがあることをよく表している。

    裏側の立ち位置として面白いのは、これは同名の元祖をそのまま移した作品ではなく、ザナドゥという看板を家庭用向けの遊びに作り直した派生の一本だという点だ。元のザナドゥが持っていた膨大な数値遊びや迷宮の圧縮感を、横視点のアクションと町の機能分担へ置き換え、ファミコンで成立する形に組み直している。だから同じ名を冠していても、重さの出し方が違う。重い物語を一気に語るのではなく、町の人の言葉や迷宮の壁の冷たさで少しずつ沈めていく。海外版では発売元が異なる地域もあり、同じ内容を別の看板で届けるための整理が入った歴史も持つ。遊んでいる最中はただ厳しいだけに感じるのに、往復して装備を整え、行き止まりをほどき、少し先の景色を見た瞬間にだけ、世界観の重さが報酬として返ってくる。だから今日もまた町へ戻る。戻っているのに前へ進んでいる。この感覚が残る作品だと思う。

  • NAO総評

    ザナドゥの名を継ぐ覚悟だけは本物で、町の言葉も迷宮の空気も明るくならないのに、遊び手への配慮も同じくらい冷たい。だがその冷たさは雑ではなく、往復と準備という手順を踏んだ者だけに重い世界観を渡す設計になっている。派生作として別の形に作り直したこと自体が、看板の重さを裏切らないための選択に見える。

    出典:NAO
  • NATSU総評

    町と迷宮を行ったり来たりして、面倒なのにやめられないのがまさにこれで、戻るたびに買えるものや分かることが少し増えて、次は行ける気がしてしまう。迷宮で詰まって町へ逃げて、町で準備してまた潜る。その繰り返しがいつの間にか癖になる。苦しいのに達成感がちゃんとあって、ハマってる時点で中毒って言葉がいちばん正しい。

    出典:NATSU

📘 説明書資料(ファザナドゥ [HFC-FX])

説明書:Internet Archive 所蔵版(ファザナドゥ [HFC-FX])
※Faxanadu [HFC-FX](Famicom)(JP)
区分:説明書/Manual/Instruction Booklet
※当時の説明書はInternetArchiveに保存された資料を参照。権利は各社に帰属します。

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