エピソード
トリビア
1985年12月21日、徳間書店トクマソフトより発売されたファミリーコンピュータ版『エグゼドエグゼス』は、カプコンが同年にアーケードで発表した縦スクロールシューティング『超浮遊要塞エグゼドエグゼス』の家庭用移植作品である。開発はマイクロニクスが担当し、価格は5200円。プレイヤーは戦闘機「カーネル号」と「サージェント号」を操り、無数の昆虫型兵器や骸骨状の敵が襲い来る不気味な空間を突き進む。舞台は金属と生物が融合したような要塞群が浮かぶ異世界で、機械音と電子的な爆発音が交錯する中、終わりのない戦場が描かれる。当時のファミコン市場において、この有機的で冷たい世界観は異質な存在感を放っていた。
操作体系はシンプルで、十字キーで移動、Aボタンでショット、Bボタンで敵弾を消す特殊攻撃を発動する。ステージには「POW」アイテムを取ることで攻撃力やスコア倍率が上がる仕組みがあり、逆に「WOP」と書かれたマイナスアイテムを誤って取ると自機が弱体化する。このリスクとリターンがゲームテンポの緩急を作り、敵の波を捌くたびに一瞬の判断が要求される。蜂やカブトムシ、巨大な節足生物を模した敵の造形は独特の気味悪さを放ち、撃破時に散る断片や残響音には、どこか生命の残滓のような儚さがある。無機質な画面の中に、異常なほど生々しい“生物の気配”が漂っていた。
しかし、ファミコン版の開発には明確な制約が存在した。アーケード基板の演算能力を再現するには処理速度が不足しており、画面に敵が多く出現するとスプライトの限界を超えて描画が消滅したり、動きが止まったりする。これにより、プレイヤーは「見えない敵」に撃たれる理不尽な状況に直面するが、それこそが本作を象徴する緊張感となった。ハードの限界と人間の集中力の衝突。処理落ちで揺らぐ弾幕の中を、プレイヤーは文字通り“画面と格闘する”感覚で進む。背景は終始一定速度でスクロールを続け、同じ模様が繰り返される中でも微妙に色や配置が変化し、見ているうちに錯覚的な吸い込みを感じるほどの没入感を生む。その持続的な視覚刺激が、疲労とともに奇妙な中毒性をもたらしていた。
ステージは複数エリアをループする構造で、どこまで進んでも終点がない。撃ち続け、倒し続けても戦場は尽きず、スコアだけが蓄積していく。上限に達すると得点がゼロに戻る仕様まで存在し、プレイヤーは終わりなき輪廻に閉じ込められる。明確なエンディングがない代わりに、限界スコアや集中力の持続そのものが挑戦の対象となる。まるで、無限のスクロールがプレイヤーの精神を試しているかのようで、画面の点滅や電子音が続くうちに、境界が曖昧になっていく感覚を覚える。敵が多すぎて見えず、弾が背景に溶け、次第に何と戦っているのか分からなくなる――その状態こそが、本作の核心だった。
当時のプレイヤーの間では、「エグゼド地獄」と呼ばれるほどの難度と、独特の魅力が話題になった。徳間書店はこの人気を受けて、説明書に「メンバーズ・ステッカーキャンペーン」を実施した。プレイヤーが到達スコアを郵送で報告する形式で、達成条件と人数は厳格に設定されていた。シルバー:50万点(先着2000名)、ゴールド:200万点(500名)、プラチナ:500万点(200名)、そして最高位となるロイヤル純金(24KGP)ステッカーは900万点で10名のみ。当選者には実際にステッカーが郵送され、誌面で発表されたという。これは同年発売の『ロットロット』と並ぶ、徳間トクマソフトの“スコア挑戦型キャンペーン”であり、当時の子供たちにとって高得点の夢を現実に結びつける稀有な企画だった。物理的な報酬を用いたランキング戦――それは、現代のオンラインスコア競争の原型ともいえる試みだった。
結果として『エグゼドエグゼス』は、単なるアーケード移植の枠を超え、ファミコン黎明期の“限界との闘い”を象徴するタイトルとなった。画面は不完全で、敵は途切れ、弾は消える。それでもプレイヤーは再挑戦を繰り返し、数字を積み重ねる。そこには勝利ではなく、続けること自体に意味を見出す特有の熱があった。終わりのないスクロールに自分を投げ込み、やがて静かに吸い込まれていく――それが、当時の『エグゼドエグゼス』体験そのものであり、ファミコンという未完成のハードが生んだ、奇妙に哲学的な一作であった。
NAO:総評
見えない敵を撃ち、終わりのない空を飛び続けるうちに、プレイヤーはいつしか機械ではなく自分自身と戦っていたのだと思う。処理落ちもノイズも欠点ではなく、限界の上に築かれた新しい快感だった。エネルギーが尽きるより先に集中が切れるゲーム。理屈ではなく体験で覚える重さ。人間の感覚とハードの性能がぶつかり、共に疲弊していく光景には、初期ファミコンという実験場の匂いがある。900万点の純金ステッカーより、あの電子音の残響こそが報酬だったのかもしれない。
出典:NAONATSU:総評
撃っても撃っても終わらない空。敵が見えなくても、音だけを頼りに進む感覚が妙に心地よかった。無理だと思っても、もう一度スタートを押してしまう。誰にも褒められない挑戦なのに、なぜかやめられなかった。スコアを送ってメンバーズ・ステッカーを夢見る手紙を書いたあの頃、数字よりも画面の向こうに続く世界のほうが気になっていた気がする。疲労と静寂の間で、ただ電子音に包まれていた。『エグゼドエグゼス』は、難しさの中にしか存在しない静かな幸福を教えてくれたゲームだった。
出典:NATSU📘 説明書資料(エグゼドエグゼス [GTS-EE])
説明書:Internet Archive 所蔵版(エグゼドエグゼス [GTS-EE])
※Exed Exes [GTS-EE](Famicom)(JP)
区分:説明書/Manual/Instruction Booklet出典:※当時の説明書はInternetArchiveに保存された資料を参照 / 権利は各社に帰属しますメンバーズ・ステッカーキャンペーン
出典:archive.org / ファミリーコンピュータmagazine_1986年2号
















































発売日:1985/12/21|価格:5200|メーカー:徳間書店|ジャンル:シューティング
NAO: 見えない敵は画面のせいか脳のせいか。
NATSU: スクロールに魂を吸われるタイプのゲーム。