エピソード
トリビア
1986年12月15日にアイレムからファミリーコンピュータ向けに発売された魔鐘は、定価5300円で登場したアクションRPGです。本作は、七つの塔に配置された魔鐘を集め、それらを聖なる炎で焼き払うことで、魔王ルーバスが待ち受ける最終局面を目指す物語です。舞台は広大なフィールドと七つの独立した塔によって構成され、城を一歩出た瞬間から、どの塔へ向かい、どの順番で攻略するかという判断は完全にプレイヤーの裁量に委ねられます。王子マイヤーが魔物の元凶を断つために旅立つという物語の骨格は極めてシンプルですが、その直球な設定とは裏腹に、ゲームデザインは当時のプレイヤーに強烈な不安と絶望を与える独創的なものでした。
ハードウェアと視覚が演出する不穏な世界
本作を象徴する最大の特徴は、ソフトウェアの内容以前に、物理的なカセットそのものに仕掛けられたギミックにあります。アイレムが初期のファミコン参入時に採用していたLED搭載カセットは、本作においてもその真価を発揮しました。カセット上部に仕込まれた赤い発光部が、本体の電源を入れた瞬間に点灯する演出は、テレビ画面の中に広がる殺伐とした世界観と共鳴し、これから始まる冒険が決して穏やかなものではないことを物理的に示唆していました。また、タイトルである魔鐘という言葉は、悪魔を意味する英語のデーモンや、不吉な響きを持つ言葉遊びとしての側面を持っていました。この不気味な雰囲気は海外展開においても重視され、北米では翌1987年にブローダーバンドからデッドリー・タワーズという題名で発売されました。海外版ではタイトル画面や一部のテキストが修正されていますが、和製アクションRPGが黎明期においてこれほど早く海を渡った事例は珍しく、後の海外レトロゲームコミュニティにおいても、その極端な難易度と共に語り継がれることとなりました。
理不尽と隣り合わせの戦闘・探索システム
ゲームシステムは見下ろし型の画面構成を採用していますが、そのプレイ感覚はRPGよりも純粋なアクションゲームに近いものです。攻撃手段は手持ちの剣を投擲するアクションが基本となりますが、初期状態では一度に一発しか発射できず、弾速も心許ないため、敵との距離感を正確に測る能力が求められます。本作の難易度を劇的に引き上げている要因は、判定の厳しさと即死要素の多さにあります。敵の体当たりや弾によるダメージは当然ながら、最もプレイヤーを苦しめたのは「落下」の概念でした。塔の内部やフィールドの一部では、床の境界線が極めて判別しにくい場所があり、歩行のわずかな乱れが崖からの転落を招きます。この落下は残機を減らすだけではなく、その場での即時終了を意味し、プレイヤーには常に足元を注視しながらの慎重な操作が強要されました。
また、塔の最深部で守護者を倒し、魔鐘を入手するという一連の流れにも、本作特有の罠が潜んでいます。魔鐘を奪取した塔には原則として二度と入り直すことができないため、塔内に隠された強力な装備品や重要アイテムを取り逃した場合、そのまま最後まで不利な状況で進まなければならない「取り返しのつかない要素」が随所に配置されています。この仕様は、一度の探索に対して完璧なリサーチと慎重さをプレイヤーに要求するものでした。
逆転する成長曲線:進行が難度を加速させる仕組み
本作がアクションRPGとして異質である最大の理由は、進行度と敵の強さの相関関係にあります。一般的なRPGでは、経験値を稼ぎ装備を整えることで、かつて苦戦した敵を容易に倒せるようになる達成感が提供されます。しかし、魔鐘においては、集めた鐘を聖なる炎で焼く(ステージをクリアする)たびに、フィールド上に配置される敵キャラクターが段階的に強化されていくという「逆転の設計」が採用されています。これは、攻略を先送りにすればするほど、基礎的な移動や探索が困難になることを意味します。後回しが楽になるのではなく、むしろ生存率を下げるというこの仕組みは、プレイヤーに常に焦燥感を与え、早い段階での決断を促します。店で売られているアイテムのラインナップも塔の攻略状況に応じて変化するため、弱い装備のまま強敵が徘徊するエリアを突破せざるを得ない局面が頻繁に訪れます。剣の投擲数を増やす道具や、敵の動きを停止させる補助アイテムをどのタイミングで購入し、温存するのか。その資源管理こそが、本作における真の知略となりました。
さらに、店に並ぶアイテムの中には、色によって全回復をもたらすものと、服用した瞬間に即死を招くものが混在しているという不親切極まりない仕様もありました。こうした効力とリスクが隣り合わせのバランスは、当時のプレイヤーを疑心暗鬼にさせ、一つの買い物が命運を分けるという極限の緊張感を生み出しました。
攻略の外部化と記録という冒険
魔鐘の攻略において最も不可欠だったのは、コントローラーの操作技術以上に、手書きの地図と情報の整理でした。本作はパスワードによる再開が可能ですが、再開時に引き継がれるのは装備品のみであり、苦労して手に入れた消費アイテムはすべて失われるという厳しい制約がありました。そのため、失った道具を補充するための資金繰りや、最短ルートの把握が不可欠となります。当時の子供たちは、説明書のわずかな記述を頼りに、方眼紙やノートに塔の内部構造や隠し通路の場所を書き込み、ポーションの色ごとの効能をメモすることで、ゲーム内では提示されない「自分だけの攻略本」を作り上げました。見つけにくい入口や、壁を叩いて探す隠し部屋の発見は、推理というよりも執念に近いローラー作戦を必要としました。この情報の少なさと、自らの手で秩序を構築していく過程こそが、当時の家庭用ゲームにおける遊びの熱量の源泉であったと言えます。
後年の批評において本作は、その操作性の癖や理不尽な罠から辛口な評価を下されることも少なくありません。しかし、一メガビットという当時の大容量メモリと64キロRAMを駆使して描かれた広大な世界観、そして赤い光を放つカセットが放つ威圧感は、1986年の冬を象徴する一つの風景でした。
結論:不条理を抱えたままの様式美
魔鐘とは、攻略が進むほどに世界が牙を剥き、焦りが生存率を削っていくという、ある種のサバイバルホラーにも似た手触りを持つ作品でした。海外ではゼルダの伝説に近いスタイルと説明されることもありましたが、その実態は、より孤独で、より過酷な、突き放された冒険でした。回廊へ跳ぶ巻物や時を止める道具を温存し、手書きの地図に記された危険地帯を回避しながら、一歩ずつ魔王の玉座へと近づいていく過程。そこには、現在の効率化されたゲーム体験では味わえない、不親切だからこそ生まれる「自律的な冒険」がありました。理不尽な落下、突然の即死、そして赤く光るカセット。それらすべてが渾然一体となり、魔鐘という作品は1980年代のファミコン黄金期における、美しくも残酷な迷宮として、今なお多くのプレイヤーの記憶に深く刻み込まれています。
NAO総評
七つの鐘を焼くって目的は単純なのに、地形の見えにくさと落下即死と剣が単発って縛りで、やること全部が怖い。丁寧さより勢いで押してくる八十年代の不親切さが、ここまで徹底すると逆に様式美だぜ。しかも題名の言葉遊びに合わせてカセットが赤く光る仕掛けまで付ける。ゲームの中身は容赦ないのに外装は無駄に凝る、そのギャップがアイレムらしい。北米では別名で出したけど、伝説になるのはだいたいこういう作品だ。地図を書かせる設計も、攻略情報が広まる前提の時代に先走っていた気がする。説明書に頼れと言わんばかりの作りは乱暴だが、紙を抱えて遊ぶ感覚も含めて当時の遊び方そのものだぜ。
出典:NAONATSU総評
最初はただ怖くて、どこへ行けばいいのかも分からなくて、何度も倒れてはため息が出るのに、少しずつ買い物ができて装備が整うと、見えなかった道が急にやさしくなるのが不思議なのよね。塔で鐘を取って炎で焼くたびに世界が物騒になっていく感じも、冒険が進んでいる実感になって残る。赤く光るカセットを差し込んで遊んだ夜の机の景色まで思い出せる、怖いのに記憶に残る一本だよ。パスワードで戻ると大事な道具が消えてしまうから、悔しいのにもう一回だけって言い訳して続けちゃう。理不尽さも含めて友だちと語り合える材料が多いから、苦労した時間ほどあとで笑えるんだよね。
出典:NATSU
📘 説明書資料(魔鐘[IF-05])
説明書:Internet Archive 所蔵版(魔鐘[IF-05])
※Mashou [IF-05](Famicom)(JP)
区分:説明書/Manual/Instruction Booklet
※当時の説明書はInternetArchiveに保存された資料を参照 権利は各社に帰属します












発売日:1986-12-15|価格:5300円|メーカー:アイレム|ジャンル:アクション
NAO: 初見殺しの鐘が鳴る。敵の強さは礼儀知らずレベル。
NATSU: 一歩ごとに命がけ。心を折ってくる傑作(物理)。