裏技
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無敵
上・下・下・B・右・A・左 を押したあと、上・下・下・B・右・A・左 を押したあと、 Aを押しながらスタート
Aを押しながらスタート -
ステージセレクト
上・下・下・B・右・A・左 を押したあと、上・下・下・B・右・A・左 を押したあと、 Bを押しながらAを押した回数でステージが選択できる
Bを押しながらAを押した回数でステージが選択できる
エピソード
トリビア
1987年6月27日にエピックソニーから発売された所さんのまもるもせめるもは、所ジョージを主役に据えた横スクロールアクションで、タレントゲームという言葉がまだ軽く笑い話になり切っていない時代の、妙に本気な一作だ。価格は4900円。舞台は東京の都心部から郊外へ伸びていき、最終的には所沢の自宅にたどり着くことを目指す。千代田区から始まり、新宿区や渋谷区などの区部を抜け、保谷や田無などの市部へ移っていく構成で、ステージ開始前には全体図の中で現在地が示され、進めた場所には所の印が付いていく。帰宅の道のりがそのまま地名の旅行記になっていて、旅情よりも生活感が前に出るのが面白い。地図に並ぶ区名や市名は、当時のテレビで聞き慣れた響きでもあり、画面の外の現実と地続きに感じさせる仕掛けになっている。区部は十二の区で構成されているが、すべてを踏破する必要はなく、練馬区を抜けると市部へ移り、そこからは戻れない。進めた場所が増えるほど扉の行き先の組み合わせも増え、記憶と運が絡む。
システムはタイトルの通り守ると攻めるの二枚看板だが、実際には時間と運の圧が強い。基本操作はジャンプと水鉄砲で、走りながら撃つと勢いが増す場面もある。水鉄砲は撃つほど水が減り、残量が少なくなると飛距離が縮む。敵の弾を打ち消せる場面もある一方で、水が尽きれば守りは一気に薄くなる。ライフ制で、敵に触れるたびに削られ、落下でもミスになる。画面下にはライフゲージとウォーターゲージが並び、残り時間は太陽や雲のアイコンで示される。いわゆる残機制ではなく、ゲージが尽きるとその場でやり直しになり、コンティニューできる回数にも限りがある。ブロックや敵が落とす回復アイテムを拾うかどうかで、同じ区でも手触りが変わる。さらに各ステージは時間制限があり、長居すると日が暮れる演出や雨の演出が入り、視界が悪くなって足場の感覚が狂う。ここまでなら普通のアクションだが、区部の最大の癖は扉だ。各区の最後には建物があり、入るとボス戦を経て扉が現れる。扉には複数の行き先が割り当てられていて、どちらへ飛ぶかは固定ではない。つまり正しい扉を選んでも、運が悪いとすでに通った区へ戻される。同じ面を周回し、また同じボスを倒し、別の分岐を引くまで粘らされる。攻めで進み、守りで耐えるつもりが、進行そのものがくじ引きになっている。そこへ時間制限と水の管理が重なり、タイトルが示す理屈がそのまま成立しない感触が、理不尽として記憶に残る。
ただし理不尽が雑なだけかというと、そうでもない。市部に入ると区部のような周回は薄れ、所家へ向かう一本道の圧が強くなる。最後は屋内の所家ステージになり、階を上がりながら進み、奥でラスボスを倒してエンディングへ至る。一本道にしてもなお時間の圧は残り、敵の配置もいやらしいが、扉運が弱まる分だけ、プレイヤーの腕と判断が前に出る。つまり本作は、前半で運に振り回され、後半で腕前を問われるという、均一ではない難しさを持っている。タイトル通りにいかないのに、クリアまでの筋は通っていて、そのねじれが独特の中毒性になる。
裏側の名義の並びも、このねじれを支える。開発元としてイスコが挙がり、プログラムはハル研究所が担ったとされる。所ジョージはトータルプロデューサーとしてクレジットされ、キャラクターデザインにも関わっている。音楽は澤和雄が担当し、美術にも所ジョージの名がある。クレジットにはエグゼクティブプロデューサーに丸山茂雄、プロデューサーに北島肇、ディレクターに長崎行男といった名前が並び、所ジョージの看板に寄りかかるだけではない制作体制が見える。音楽担当として澤和雄の名もあり、耳に残る不安定な旋律が、帰宅の小さな物語を妙に不穏に染めていく。エピックソニーは音楽の会社として知られる一方で、この時期にファミコン向け作品を出しており、異業種がゲームへ入っていく時代の空気も背負っている。だから所さんの声を探しても見当たらないのに、画面全体の脱力感や間の取り方だけは所さんらしいという、別の意味での本人味が残る。守って攻めて帰るだけの話が、なぜここまで落とし穴だらけになるのか。その問いを抱えたまま、扉の向こうに次の地名が出るたびに、もう一回だけと手が伸びてしまう。テレビのスターがゲームの中で転び続けるという構図が、当時の家庭の茶の間にそのまま接続されていたのだと思う。
NAO総評
タイトルが示す通りに守って攻めれば前へ進むと思うと、扉の分岐が平然と裏切ってくる。時間制限の焦りと、水鉄砲の残量で射程が縮む不安が重なり、正しい立ち回りより粘りと運が勝つ瞬間が多い。理不尽さはあるのに地図で進行が見えるせいで自分の責任に見えてしまい、結局もう一回だけと手が伸びる。エピックソニーとハル研究所という組み合わせまで含めて、当時の異業種参入の熱気も感じる。所沢へ帰るだけの話でここまで苦労させる設計が、時代の無茶をそのまま残している。
出典:NAONATSU総評
所さんの声を探しても、ファミコンの中には分かりやすい声は出てこない。けれど地名を渡り歩く帰宅劇や、ゆるい見た目といやらしい難しさの同居に、本人の空気だけがしっかり残っている。水が減ると飛距離が縮む水鉄砲は、守りが急に頼りなくなってドキッとするし、時間が進むと視界が悪くなる演出も落ち着かない。腹が立つのに、地図に所の印が増えると妙にうれしい。昭和の脱力とゲームの厳しさが混ざった後味だね。だから忘れにくい。
出典:NATSU
📘 説明書資料(所さんのまもるもせめるも [ESF-TO])
説明書:Internet Archive 所蔵版(所さんのまもるもせめるも [ESF-TO])
※Tokoro-San no Mamorumo Semerumo [ESF-TO](Famicom)(JP)
区分:説明書/Manual/Instruction_Booklet
※当時の説明書はInternetArchiveに保存された資料を参照 / 権利は各社に帰属します












発売日:1987/06/27|価格:4900円|メーカー:エピック・ソニー|ジャンル:アクション
NAO: タイトル通りにいかない理不尽アクション
NATSU: 所さんの声を探したけどどこにもいなかった