メトロクロス

メトロクロス

メトロクロス

発売日:1986-12-16|価格:3900円|メーカー:ナムコ|ジャンル:アクション

NAO: ひたすら走る、その先に何があるのか誰も知らない。
NATSU: 滑る・跳ぶ・避ける。シンプルだけど中毒性アリ。

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エピソード

  • トリビア

    1986年12月16日にナムコからファミリーコンピュータ向けに発売された『メトロクロス』は、定価3900円という当時の標準的な価格で世に放たれました。もともとは1985年5月にアーケードで稼働を開始した作品であり、そのコンセプトは極めて純粋、かつ残酷です。制限時間内にゴールへ走り抜けることだけを芯に据え、障害物、滑る床、そして奈落の底へと通じる落とし穴が、延々と進路を塞ぎ続けるという構成を採っています。

    本作の主人公は、公式設定において「傷だらけのランナー」と呼ばれています。彼はなぜ走るのか、どこへ向かっているのか、そもそも人間なのかさえ明かされません。背景にあるはずの世界観や物語を一切排し、ただ「コースの都合」だけが無限に増殖していくという割り切りが、この作品の魅力を支えています。目的が見えないほど、眼前に現れる次の床と次の罠だけが、プレイヤーにとっての唯一の現実となるのです。

    直感的なアクションと物理的攻略の相関
    ゲーム性は極めて直感的で、前へ進む、跳ぶ、避ける、滑る、落ちる、起き上がるという基本動作の反復によって成立しています。しかし、その単純な動作の組み合わせが、極限の緊張感を生み出します。路面に置かれたタイヤやハードル、そして巨大な落とし穴を飛び越え、頭上から迫る低い障害物はくぐり抜け、滑る床(グリーンスロット)では制御不能になる軌道を修正し続けなければなりません。

    アイテムの扱いもまた、一切の装飾を排した実利的なものです。スケートボードを取得すれば、移動速度は劇的に向上しますが、同時に制動が効かなくなるという二律背反を抱えることになります。また、ジャンプ台を利用することで長距離をスキップできますが、着地地点を見誤ればそこには障害物が待ち構えています。

    本作において最も戦略的な奥深さを提供しているのが、路面に転がる「空き缶」の扱いです。単なる障害物や得点源に見えるこの缶は、実は本作における最重要の攻略要素となっています。缶を連続して蹴る、あるいは踏みつけることでボーナススコアが加算されるだけでなく、特定の条件を満たすと「スーパーブーツ」が出現します。このブーツを装着している間、ランナーは一定時間の加速と完全な無敵状態を得ることができます。上手いプレイヤーにとって、缶の列は避けるべき邪魔者ではなく、加速と無敵を引き当てるための「勝利のルート」へと姿を変えるのです。走るだけのアクションが、缶という点を繋いで線を描く高度なレースへと昇華される瞬間です。

    開発の舞台裏:即興性と職人気質の融合
    本作の開発背景には、1980年代のナムコ開発室が持っていた独特のライブ感が色濃く反映されています。アーケード版の制作に関わった高橋由紀夫氏の証言によれば、当時のナムコは多忙の極みにあり、マップ作りにおいても手が空いた人間がスポット的に参加するような状況があったといいます。高橋氏自身、自分の仕事の合間に「暇なら作ってよ」とマップデザインを依頼され、複数のコースを手掛けたことを回想しています。

    この「暇なら作ってよ」という軽い頼み方は、一見すると無責任に聞こえるかもしれませんが、実は本作の性格を最も正確に言い当てています。壮大な物語を構築するのではなく、いかにして「意地悪なコース」を即興的に組み上げ、プレイヤーに冷や汗をかかせるか。その手数とアイデアの積み重ねこそが、メトロクロスの本質なのです。クレジット面では、英語版資料などによってデザイナーに岡本達郎氏、作曲に大野木宣幸氏の名が挙げられています。大野木氏による軽快ながらもどこか焦燥感を煽るBGMは、走る足音と転倒時の乾いた音と重なり合い、物語の不在を埋めるに余りある存在感を放っていました。

    移植と復刻の軌跡:不条理が普遍性に変わるまで
    アーケードからファミコンへの移植にあたっては、ハードウェアの制約による変化も生じました。アーケード版の縦長画面から家庭用テレビの横長画面への対応、色数の制限、そしてスプライトの多重表示の限界など、多くの技術的ハードルがありましたが、ナムコは「疾走の快感」を損なうことなく、ファミコンの画面へと落とし込みました。

    その後、本作は1990年代以降のレトロゲーム再評価の波に乗り、多くのハードウェアで復刻されることとなります。「ナムコミュージアム」シリーズへの収録や、Xbox 360での「ナムコミュージアム バーチャルアーケード」といった形式での展開は、かつてアーケードやファミコンで挫折したプレイヤーに再び挑戦の機会を与えました。2015年11月25日にはWii Uのバーチャルコンソールでも配信され、近年ではハムスター社が展開する「アーケードアーカイブス」によって、当時の基板そのままの挙動が現行機で楽しめるようになっています。

    さらに、近年におけるRTA(リアルタイムアタック)界隈での盛り上がりも、本作の再評価に繋がっています。一画面ごとに計算されたルートを完璧にトレースし、コンマ一秒の短縮を競う姿は、本作が持つ「純粋な速度への問い」を現代に証明しています。何があるのか分からないのに走り続けるという、1980年代のゲーム特有の不条理。それをルールの単純さとコース構築の妙で支え、最終的に中毒性のあるエンターテインメントへと昇華させたのが、メトロクロスという稀有な作品だったのです。

    結論:走り続けることに意味を見出す時代
    メトロクロスとは、結果として「意味」よりも「過程」を重視した作品であったと言えます。ランナーがゴールで何を見るのか、何のために傷だらけになりながら走るのか。それらはプレイヤーの想像に委ねられていますが、実際にプレイしている最中、私たちはそんな哲学的な問いを抱く余裕すらありません。ただ次に迫るタイヤを跳び越し、青い缶を蹴り、スーパーブーツを信じて加速する。その瞬間瞬間の判断の集積こそが、このゲームのすべてです。

    1986年の冬、茶色のカセットを差し込んだ子供たちは、画面の中のランナーと自分自身を重ね、不条理な罠に何度も転倒し、そのたびに立ち上がりました。派手な映画的演出も、感情を揺さぶるセリフもありません。しかし、ただ「前へ走る」という剥き出しの意志だけでこれほどの熱量を生み出したメトロクロスは、ビデオゲームが最もシンプルで、かつ最も鋭利だった時代の空気を、今もなお色鮮やかに残しています。

  • NAO総評

    ひたすら走る、その先に何があるのか誰も知らない、という短評はこの作品の核心だぜ。物語も説明も削って、障害物と滑る床と穴だけで人を追い立てる。だからこそルート取りが理屈になり、缶を連続で踏んで加速と無敵を引き当てる瞬間だけ救いがある。マップ作りを頼まれて手伝ったという証言まで含め、作り手の焦りと手数がそのままコースの圧に変わっている。走り続けて気づくのは、先じゃなくて今の床がすべてだってことだぜ。

    出典:NAO
  • NATSU総評

    滑る、跳ぶ、避ける、ただそれだけなのに、気づくともう一回って言ってしまう中毒性があるの。次の床が見えた瞬間に体が反応して、転んだら悔しくて、うまく抜けたら少しだけ誇らしい。缶を連続で踏んでスーパーブーツが出た時の加速は、同じコースが急に明るくなる感じがして好き。理由も分からず走り続けるのに、走った時間だけ記憶に残る。Wii Uの配信や最近の復刻で触り直すと、あの頃の放課後の息づかいがそのまま戻ってくるわね。

    出典:NATSU

📘 説明書資料(メトロクロス[NAM-MC])

説明書:Internet Archive 所蔵版(メトロクロス[NAM-MC])
※Metro-Cross [NAM-MC](Famicom)(JP)
区分:説明書/Manual/Instruction Booklet
※当時の説明書はInternetArchiveに保存された資料を参照 権利は各社に帰属します

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