エピソード
トリビア
1985年、ファミコンの黎明期にセタが送り出した『本将棋 内藤九段将棋秘伝』は、まだ「コンピュータ将棋」という言葉すら一般的でなかった時代に生まれた意欲作だった。監修者は現役のプロ棋士・内藤國雄九段。タイトル画面にもその名が堂々と掲げられている。とはいえ、内藤九段本人が盤面に登場するわけではない。プレイヤーの対戦相手は、赤い目を光らせるロボット棋士。当時の子どもたちは、その無機質な対局相手に妙な威圧感を感じながら指していたという。
本作は「カーソルで駒を動かす」「Aボタンで持つ/置く」「Bボタンで“待った”」という極めてシンプルな操作設計だった。だが、このBボタンには強烈な個性があった。押すと「待った!」という音声が鳴るが、1回では受け入れてもらえない。その後、何度も頭を下げて謝罪を繰り返し、9回目でようやく手を戻せるという執念の“土下座システム”である。この仕様は取扱説明書にも記されておらず、プレイヤーの間で「9回の礼」と呼ばれた。ただのミス防止機能を、これほど人間くさく演出した例はほとんどない。
ゲーム中は効果音も極めて控えめ。盤上の駒音と、たまに聞こえる“カチッ”という硬質な効果音だけが響く。だが不思議とその静寂が心地よく、将棋特有の緊張感を醸し出していた。一局を終えたときの静けさと、ロボットの無表情なまなざしが印象的で、「機械に負けた」という感情を初めて味わったプレイヤーも少なくない。
思考ルーチンは当時としては高度な部類に入ったが、一手に数十秒かかるため「遅いのに弱い」とも評された。その一方で、プログラム上の癖を突くと15手で勝てる定跡が存在し、雑誌やファンサイトでは「詰めルートを探せ」という挑戦状のような扱いだった。また、ルール上のバグも独特で、本来反則となる“打ち歩詰め”を合法の詰みとして認定してしまうという珍仕様も有名。これはパッケージ裏にも「プログラムの制約上、実際のルールと異なる場合があります」と但し書きがあり、開発陣も承知の上だった。
驚くべきは、このソフトが後に世界コンピュータ将棋選手権(1990年)に出場したことだ。ファミコン実機で動作する唯一の参加ソフトとして記録に残り、結果は2勝3敗の4位。家庭用ゲーム機として唯一の参加例であり、この一点だけでも日本の将棋AI史に刻まれている。九段の名を冠しながら、どこか人間臭く、そしてどこか切ない。コンピュータがまだ不器用に考えていた時代、その「沈黙の思考音」が、今でも耳に残る。
NAO:総評
人間が考え、機械が黙る。あの沈黙の時間が、逆に怖かった。ロボットの無表情の奥に、何か“意志”があるようでさ。
結局、将棋は勝ち負けよりも「読み合いの呼吸」が面白いんだ。9回頭を下げないと許してくれない“待った”なんて、まるで昭和の礼儀教育そのもの。
それをプログラムに込めたセタの感性には、時代を超えて感心するしかないぜ。出典:NAONATSU:総評
駒の音と静かな効果音だけで、こんなに緊張するなんて。派手な演出も声もないけれど、そこにあるのは本当の将棋の空気。
ロボット相手なのに、人間と打ってるような不思議な感覚だった。「待った!」のあと、何度も頭を下げる姿にちょっと笑って、でも心が温かくなったの。この静けさの中に、ファミコン時代の“礼”が息づいてる気がするわ。出典:NATSU📘 説明書資料(本将棋 - 内藤九段将棋秘伝 [SF-01])
説明書:Internet Archive(本将棋 - 内藤九段将棋秘伝 [SF-01])
※Honshougi - Naitou 9 Dan Shougi Hiden [SF-01](Famicom)(JP)
区分:説明書/Manual/Instruction_Booklet出典:※当時の説明書はInternetArchiveに保存された資料を参照 / 権利は各社に帰属します
















































発売日:1985年8月10日|価格:4500円|メーカー:セタ
NAO: 九段本人は出てこないけど、ロボ棋士の眼力がすごい。
NATSU: 効果音だけで、なぜか静寂が伝わる不思議な一局。