エピソード
トリビア
1985年12月20日、ハドソンはファミリーコンピュータ向けに『バイナリィランド』を発売した。価格は4900円。もともとは1983年にヒューマンがパソコン用に発表した同名タイトルを、MSX版を経て家庭用としてリメイクしたもので、登場キャラクターが人間の男女からペンギンのグリンとマロンへ変更された。プレイヤーはこの二羽を同時に操り、迷路の最奥にあるハートの檻で再会させることを目的とする。舞台は鏡写しの二重構造で、上下に分かれたステージの左右操作が反転するという独自のシステムを持つ。この“逆方向の絆”こそが本作最大の特徴であり、単なる迷路ゲームに終わらない頭脳戦を生み出していた。
上下操作は共通だが、左右移動では右側のペンギンが右へ進むと左側のペンギンは左へ動く。二羽は同じ方向を向いているようで、実際には常に反対を向いている。プレイヤーはこの鏡挙動を理解し、障害物の配置を同時に把握しなければならない。ステージ内にはクモの巣やクモ、火の玉が配置され、いずれかに触れるとミス。Bボタンで使える「ルンルンスプレー」は巣や敵を除去する手段で、アイテムとして取る必要はなく常時使用できる。また鳥に触れると二羽の位置が入れ替わるというギミックがあり、これが迷路攻略の鍵となる場面も多い。単純なアクション操作ではなく、対称的な動きの連鎖を整理する知的操作感が特徴だ。
各ステージをクリアすると、グリンとマロンが檻の前でキスを交わす演出が入る。これが物語的な区切りであり、同時到達の快感を象徴する瞬間でもある。全99面構成で、最後までクリアしてもエンディングやスタッフロールはなく、ゲームは自動的に1面へ戻ってループする。終わりのない構造は、ハドソンが意図したスコアアタック型設計の名残であり、恋人同士の永遠の追走を象徴しているようにも見える。背景音楽にはエリック・サティの「ジュ・トゥ・ヴー(あなたが欲しい)」がアレンジ使用され、クリア時にはベートーヴェン「歓喜の歌」風の旋律が流れる。音楽の選択そのものが再会と愛情のテーマを補強しており、クラシックを引用した数少ないファミコン作品の一つとして知られる。
アイテムは指輪・傘・ハープ・ハートのカードなどが得点目的で登場し、鯨のカードを取ると短時間の無敵とスピードアップ効果が発動する。出現位置はランダムで、タイムや敵位置との兼ね合いによって効率が変化する。クモの巣に囚われるとその場で動けなくなり、もう一方のペンギンも悲鳴を上げるような音が鳴る。これは単なる効果音ではなく、ふたりの心がつながっていることを暗示する演出として印象深い。鳥に触れて位置が入れ替わる際、左右の地形差をどう生かすかが攻略の肝であり、1秒の遅れが命取りになることもあった。見た目はかわいらしくとも、実際のプレイ感は高度な空間認識と反射を要する緻密なパズルである。
オリジナルのPC版は白と灰色を基調にした無機質な迷宮だったが、ハドソンは家庭用移植にあたり色彩やアニメ的演出を加えて親しみやすく再構成した。キャラクターをペンギン化したことで年齢層を広げ、広告でも“ふたりを一緒にゴールさせよう”というコピーを用いた。当時の子ども向け雑誌『ファミリーコンピュータMagazine』では“見た目はやさしく中身はむずかしいゲーム”として紹介され、以後も独特な左右操作システムの代名詞として語られる。後年はWiiや3DSのバーチャルコンソールにも再収録され、現代でも一定の人気を保っている。
『バイナリィランド』は、ふたりの心を逆方向に操るという唯一無二の発想を通じ、協調と独立を同時に描いた作品だった。見た目の愛らしさに反して構造は極めて厳密で、プレイヤーの思考と手の動きのズレがそのまま難易度になる。99面を越えても終わらないループは、終わりなき恋路の比喩でもあり、シンプルな操作に深い情感を宿した傑作として今も記憶に残る。
NAO:総評
右と左で心が離れた日――この一文が『バイナリィランド』の本質を突いている。ふたりの動きは鏡のように反転し、同じ方向を目指しながら常に逆を行く。単純な左右操作の反転は、恋人同士のすれ違いを模した構造そのもので、画面を見つめるほどに人間の習性を映す仕組みに思えてくる。優しい音楽とキスの演出は救いでありながら、99面を越えても終わらない迷路が、愛という永遠の課題を示す。システムが感情を語る――その完成度こそが、80年代ハドソンの知的ロマンの象徴だった。
出典:NAONATSU:総評
ふたりはいつも一緒。でも逆方向。そのもどかしさを、十字キーを通して何度も味わった。どちらかを助けようとすれば、もう片方が危険にさらされる。息を合わせようとすればするほど、指先のズレが距離を生む。それでもキスの瞬間が見たくて何度も挑むうちに、反対側を意識することが自然になっていく。操作の反転はやがて感情の共鳴に変わり、ミスの音すら愛おしく感じる。エンディングがないのは当然だと思えた。恋もゲームも、終わりではなく、繰り返しの中で続いていくものなのだから。
出典:NATSU📘 説明書資料(バイナリィランド [HFC-BI])
説明書:Internet Archive 所蔵版(バイナリィランド [HFC-BI])
※Binary Land [HFC-BI](Famicom)(JP)
区分:説明書/Manual/Instruction Booklet出典:※当時の説明書はInternetArchiveに保存された資料を参照 / 権利は各社に帰属します

















































発売日:1985/12/19|価格:4900|メーカー:ハドソン|ジャンル:パズル
NAO: 右と左で心が離れた日。
NATSU: ふたりはいつも一緒。でも逆方向。